世界的な金融危機の影響を受け、中国の経済成長が08年の9.1%から09年第一四半期(1-3月)の6.1%へと減速しているが、重慶市は依然として高い経済成長を保っている。2009年第一四半期に、重慶のGDPが1,032.2億元(1元=15円)に達し、前年同期比、9%増加し、中国のGDP(6.1%)より2.9ポイント高くなっている。そして09年に重慶は中国全体の8%を上回る12%の経済成長を目指している。重慶市はなぜこれほど高い成長を維持することができ、またなにを根拠に09年に全国の平均値を上回る12%という高い経済成長計画値を打ち出しているのか、今年に入って中国の新聞で「重慶モデル」という用語を使い始めた。「重慶モデル」はいったいどのような特色をもつモデルだろうか、これらの疑問をもって私は今年の春休みを利用し、重慶市を訪問した。 第6部は、重慶で入手した資料を踏まえ、「重慶モデル」に焦点をしぼり、同市の経済成長、投資環境及び日本との関係について、分析したい。おな、重慶では私は在重慶日本国領事館を表敬訪問し、富田昌宏総領事から重慶市の概要についての説明を伺った。第6部が在重慶日本国領事館からいただいた「重慶市概要」などの資料を活用したことをお断りしておき、冨田総領事をはじめ、重慶市外事弁公室陳高山副主任、外商投資促進中心及び四川外国語学院李建兵副院長などご協力を賜った皆様に感謝の意を表したい。 -
表1 重慶の地理・人口
都 市 名 | 重慶市(略称「渝」) | 面 積 | 8.24万km²(北海道とほぼ同じ) | 人 口 | 2,816万人(07年末常住人口) | 平均気温 | 19.2度 |
出所:『中国統計摘要、2008年』より作成。 重慶市は中国西南地域の東部、中国最長の大河-長江上流に位置し、湖北、湖南、貴州、四川などの省と隣接している。市街地域は3方向の河に囲まれ、長江と嘉陵江との合流地にある。山の上に都市が建設されているため、「山城=山の都市」とも言われている。長江に沿って東へ2,500kmの下流に行くと上海に到着する。飛行機で重慶から上海までは、2時間15分程度かかる。 気温全体は温かくて、年間平均気温は19.2度、降雨量は1000mm以上。夏季は蒸し暑くて、8月の平均気温は32.4度にも上り、中国四大「ボイラー」の(南昌、武漢、重慶、南京)一つである。冬と春期は霧が多く、年間に霧のある日が100-150日間にも上り、「霧の都」とも言われている。冬季になっても大地は一面に青々としている。最快適の季節としては、4、5月と9、10月である。 重慶市が1997年3月に中国4番目の直轄市と認定され、北京、上海、天津と並んで中央政府の直轄下におかれ、省と同じ行政権限をもつ。その下に13市区、4市、18県、5自治区を管轄し、中国最大の直轄市として、日本の北海道とほぼ同じ8.24万km²の土地面積と3,200万人以上(常住人口2,816万人)の人口を擁している。 - 重慶の歴史的な推移
表2 重慶の歴史的推移 年 | 大 事 項 | 1937年 | 国民政府が戦時首都として遷都。 | 1949年 | 中央直轄市に昇格。 | 1954年 | 四川省の管下に編入。 | 1983年 | 全国初の計画単列市(指定都市)に指定。 | 1992年 | 長江沿岸開放都市に指定。 | 1997年 | 全国で4番目の中央直轄市に昇格。 | 2007年 | 成都市とともに、全国都市農村統一総合改革試験区として承認。 | 出所:在重慶日本総領事館の資料より引用。 重慶は巴蜀文化発祥の地で、紀元前11世紀頃は巴国の首都江洲があり、隋代は嘉陵江の旧称・渝水にちなんで渝州、宋代には恭州と改称を重ねた。1189年に南宋の皇帝孝宗の第3子が恭州の藩王に封じられ、後に帝位も譲られるという「双重喜慶」(二重の慶事)があり、恭州を「重慶府」としたのが重慶の名の由来である。 - 重慶市の経済成長と発展要因
- 重慶市の経済成長
1997年に直轄市設立以降の10年間、重慶市は年平均10%以上の経済成長を続けてきた。2008年にも同市のGDPは59.98億元(約7兆6470億元)に達し、経済成長率は14.3%で全国平均値の9.1%より5.2ポイントも高くなっている。重慶市統計局が4月20日に発表した経済統計データによると、09年第1四半期(1~3月)、重慶のGDPは1,032.2億元となり、前年比9%増加し、中国平均の6.1%より3ポイント高い。 出所:重慶市統計局、国家統計局重慶調査総隊『2007年重慶市国民経済と社会発展統計公報』2008年3月27日により作成。 内閣府は4月27日、09年度のGDP成長率見通しをこれまでのゼロ%からマイナス3.3%に下方修正した。08年の実質マイナス3.1%に続き、09年度もマイナスなので、戦後実質GDPが2年連続になったのは1997-98年度だけで、今年は戦後最悪ともいえる(『日本経済新聞』09年4月28日)。中国のGDPも前年同期比6.1%増加したものの、経済成長率が明らかに減速している 表3 重慶市主要経済指標の推移 項目 | 2006年 | 2007年 | 2008年 | 国内総生産 | 3,491.5億元 | 4,122.5億元 | 5,098億元 | GDP成長率 | 12.2% | 15.6% | 14.3% | 1人当りGDP | 12,457元 | 14,660元 | 16,014元 | 都市居住者可処分所得 | 11,569.7元 | 13,715元 | 14,360元 | 農村居住者純収入 | 2,873.8元 | 3,509元 | 4,050元 | 固定資産投資 | 2,451.8億元 | 3,161.5億元 | 4,045億元 | 社会消費品小売総額 | 1403.6億元 | 1,661.2億元 | 2,065億元 | 対外貿易総額 | 54.7億㌦ | 74.4億元 | 95.2億元 | うち、輸出総額 | 33.5億㌦ | 45.0億㌦ | 57.2億元 | 輸入総額 | 21.1億㌦ | 29.3億㌦ | 38億㌦ | 外資直接投資(実施ベース) | 8.7億㌦ | 10.8億㌦ | 27億㌦ |
出所:『重慶統計年年鑑』各年版、2008年は暫定値。 世界経済が減速する中で、なぜ重慶市のGDPが高い成長率を維持しているのか、ここではその発展要因を、①潜在的競争力をもつ重慶の産業構造、②経済の牽引力:投資と消費、③経済格差を経済発展の原動力に変える人的資源、④経済成長を促す政府の役割という四つの角度からみたい。 - 潜在的な競争力をもつ重慶の産業構造
まず、第一の要因として挙げられるのは、重慶の産業構造である。重慶は中国でも比較的早く近代工業ができた都市で、中国六大工業基地の一つに数えられる。重慶の工業は重工業を主とする各部門が揃い、補完能力に優れ、すでに機械、医薬、化学、冶金の3大支柱産業とエレクロニクス情報、食品、建築材料、日用化学の4大優勢工業が形成されている。近年、軍需産業をベースに誕生した自動車、オートバイ産業が急成長を遂げている。 重慶における軍事産業の発展を1938年の遷都と60年代の「三線建設」という二つの発展段階に分けてみることができる。中国最大のオートバイ生産基地である嘉陵集団を例にみれば、同社は120年以上の歴史を有している。その前身は1875年に清末の政治家、李鴻章(1823~1901年)が上海に創立した軍需企業の「竜華」銃器工場である。1938年に国民政府が戦時首都として重慶に遷都したため、重慶に移転した。 嘉陵集団はこれまでに軍需企業として活躍してきたが、改革・開放後、民用品の生産を始めた。1981年に日本のホンダと技術協力を提携し、オートバイを生産しはじめた。現在までに嘉陵集団が生産、販売したオートバイは1,200万台を超えた。これは全国オートバー生産台数の5分の1以上を占める。嘉陵集団の発展の道は重慶の工業発展の縮図である。抗日戦争がはじまった後、国民政府は南京から都を重慶に移し、中国経済の重心も東から西に移り、工業企業が次々に重慶に移ってきた。この時から重慶の工業基盤ができたのである。 第二の発展段階は中国の「三線建設」である。中国は国防上の理由から1960年代から1970年代にかけて、鉱工業生産を中国の沿海地域から内陸地域に移転させた。一線は沿海地域、三線は四川などの内陸地域、二線はその中間地帯を指す。三線に移転した鉱工業の企業を「三線企業」という。このように1960年代から重慶に多くの「三線企業」が集中した。重慶には豊富な鉱物資源とエネルギー資源があり、中央政府は重慶に重点的に投資し、多くの大型企業を建設した。今現在、重慶の製造業企業が10万社にも達しており、重工業を中心とした工業基盤を築きあげた。 「改革・開放」政策を実施した78年以降、重慶市の大型軍需工業は、嘉陵集団のように軍需産業から民需産業に転換し、また、多くの民営企業が雨後の筍のように設立された。他方、日本をはじめ、フランス、アメリカなどの外資企業が重慶に投資し、重慶の工業化に寄与している。これによって重慶の工業は新しい発展階段を迎えた。 指 標 | 絶対額(億元) | 前年比±% | 工業増加額 | 1,234.06 | +25.1 | うち、大中型企業 | 828.88 | +18.7 | 国有持株企業 | 591.48 | +20.6 | 軽・重工業別 | | | 軽工業 | 418.07 | +20.9 | 重工業 | 815.99 | +27.4 | 所有制別企業 | | | 国有企業 | 74.71 | +13.4 | 集団企業 | 11.99 | +24.4 | 株式合作制企業 | 5.09 | +27.7 | 株式会社 | 840.20 | +23.6 | 外資及び香港、マカオ、台湾企業 | 247.92 | +28.5 | その他企業 | 54.15 | +42.1 |
注:①規模以上工業企業は年売上高500万元以上の企業を指す。 ②工業増加額は当年価格で計算。 出所:重慶市統計局『2007年重慶市国民統計と社会発展統計公報』により作成。 表4に示されるように、2007年に工業生産額が1,514.72億元、前年同期比22.1%増加した。うち、規模以上工業企業の生産額が1,234.06億元、同25.1%増加した。軽、重工業別では、重工業の生産額が815.99億元で軽工業の418億元を上回っているだけでなく、その伸び率も27.4%に上り、軽工業の20.9%を上回っている。企業を所有制別にみると、外資系企業及び香港、マカオ、台湾系企業の伸び率が最も高い28.5%を遂げ、その次は株式企業(27.7%)、集団企業(24.4%)である。但し、外資系企業の生産額が2007年に247.9億元で、重慶工業生産総額の20%にすぎない。世界的金融危機の中で重工業を中心とした重慶の産業構造が軽工業を中心とした沿海地域の産業構造と比べて、大きな優位性を発揮した。他方、外資系企業への依存度が20%にすぎないことも外資系企業への依存度が高い沿海地域企業より有利である。08年の秋から、世界的な金融危機の影響が顕在化しつつあるが、重慶は外資系企業と輸出貿易への依存度が相対的に低いため、主要な工業企業の倒産や従業員の大量解雇など深刻な状況には今のところ呈っていない。 表5は重慶の主要な工業製品とその伸び率を表わしている。これをみて分かるように、主要な工業製品のうち、伸び率が最も高いのは自動車である。2007年に自動車の生産台数は70.8万台、前年同期比36.2%増となった。うち乗用車の生産台数が41.8万台、伸び率が58.9%、オートバイは638.3万台で、伸び率が19.9%となっている。自動車とオートバイがすでに重慶の支柱産業に成長した。 表5 2007年重慶の重要な工業製品 主要な工業製品 | 生産額 | 前年同期比±% | 石炭(万トン) | 2,711.65 | 13.2 | 天然ガス(億m³) | 5.00 | 15.9 | 発電量(億KW) | 351.96 | 26.4 | 鋼材(万トン) | 436.57 | 13.9 | アルミ材(万トン) | 81.13 | 20.0 | セメント(万トン) | 2,819.92 | 11.0 | 化学肥料(万トン) | 154.20 | 18.3 | 自動車(万台) | 70.80 | 36.2 | うち 乗用車 | 41.80 | 58.9 | オートバイ(万台) | 638.25 | 19.9 | タバコ(億本) | 426.00 | 4.9 | ビール(万リットル) | 76.49 | 7.5 | 出所:表4と同じ。 2007年に規模以上工業企業の経済効率を示す経済効率総合指数が177.4%に達し、前年同期比26.4ポイント高くなり、納税総額が459.63億元(同39.1%増)、利潤額は237.8億元(同45.2%増)、労働生産性は14,189元/人年で同35.3%増加した。労働生産性の向上は世界的金融危機への対応力を強め、工業生産額の増加が重慶経済に大きく貢献している。 重慶市統計局の担当者によれば、09年第1四半期、重慶の工業生産は引き続き高い伸び率を保っている。工業生産額は第1四半期に412.73億元となり、前年同期比8%増回した。特に2~3月の工業生産額は2ヵ月連続して2ケタ増加を実現し、それぞれ17.2%と13.5%の増加で、08年10月以来の継続的な下落傾向が好転した。工業生産額増加の経済成長への貢献度は36.5%となり、重慶の経済回復に大きく寄与した。 - 経済の牽引力:投資と消費
第2の要因は経済発展を牽引する投資と消費がともに増加したことである。世界的な金融危機の影響を受け、東部沿海地域企業の投資が減少しているが、これに対して、重慶の全社会固定資産投資額は逆に増加している。全社会固定資産投資額は中国では、一定期間における建設投資と固定資産投資及びこれと関連する費用の総称である。日本の企業設備投資を含む概念である。また、中国の不動産投資は不動産の開発投資を指し、単純な土地売買に伴う投資負担ではない。 図2に示されるように、1999と2000年を除けば、直轄市になった1997年から、重慶の固定資産投資は終始一貫2ケタの伸び率を保ってきている。2007年に全社会固定資産投資は3,161.52億元で前年同期比28.9%増加し、全国平均値の24.8%を大きく上回っている。うち、建設と企業改造投資額は2,311.62億元(同26.9%増)、不動産開発関連投資額は849.9億元(同35.0%増)である。投資・農村別では、都市の投資額は2,971.8億元(同29.7%増)で、農村投資額の189.72億元(同18.3%)を大きく超過している。 図2 重慶における全社会固定資産投資額及び成長率 出所:『中国統計摘要』2003、2004、2008年版及び重慶統計局の統計により作成。
産業別にみれば、第3次産業への投資額は2,016.6億元で最も多いものの、伸び率は22.7%で第二次産業の44%を下回っている。第二次産業への投資額は1,085.08億元であり、うち工業投資は1,058.74億元(同44.0%増)、全社会固定資産投資総額の33.5%を占めるほどである。第一次産業への投資額はわずか59.77億元で、伸び率は15.1%増となっている。 「内需拡大政策」の積極的な促進の下で、09年第1四半期、重慶の固定資産投資は累計で641.29億元となり、前年同期比36.4%増加し、幅加幅は18.2ポイント増となり、03年来の前年比投資増加の記録となった。 投資と並んで消費の増加も重慶の経済発展に寄与している。中国の消費動向をみる上で「社会消費品小売総額」は重要な指標である。社会消費品小売総額とは、卸売、小売、飲食業、新聞出版業、郵便及びその他サービス業が居住民を対象には販売する消費品と社会集団が公共消費に使う消費品を指す。07年に重慶の社会消費品小売総額は1,661.23億元に達し、前年同期比18.4%増加し、価格変動の要素をさし引いた実質の伸び率が14.2%である。都市、農村別では、都市部の小売総額は999.65億元(19.9%増)、県は219.01億元(同17%増)、県以下農村部は442.52億元(同15.7%増)である。商品別では、建築及び内装材料類の伸び率が最も高い79.8%となり、食品、飲料、タバコ類(40.1%増)、石油及びその製品(32.9%増)、家電及び音響器材(32.7%増)、乗用車(32.1%増)が続く。 図3 97年以後重慶の社会消費品小売総額とその伸び率
出所:図2と同じ。 ちなみに、内需拡大政策の実施により、都市と農村住民の可処分所得が向上し、消費環境が大きく改善された。09年第1四半期に、重慶の卸売、小売業の売上高が128.82億元、前年同期比18.7%増加した。うち、3月の増加率が19.5%で、重慶経済への貢献率が24.1%に達し、前年同期の13.9%を上回っている。生活スタイルの変化に伴い、ホテルと飲食業界は絶えず競争力を高め、販売店を増やし、高い成長をもたらした。09年第1四半期、同市のホテル、飲食業の売上高が29.66億元に達し、前年同期比13.4%増となった(重慶市第1四半期GDP概況)。
4、経済格差を経済発展の原動力に変える人的資源 第三に重慶市と沿海地域との経済格差が逆に重慶の経済発展を促す原動力になったことである。重慶経済は高い成長を収めたものの、その他直轄市と東部沿海地域と比べてまだ大きな格差が残されている。表6は重慶市とその他直轄市、東部沿海省との間に見られる経済格差経済を、経済成長を牽引する全社会固定資産投資、社会消費品小売総額、輸出(外資導入)という三大需給関係から描いたものである。2006年にすべての地域において三大需給と外資導入額(実施ベース)がいずれも大幅に増加したものの、地域経済格差が開かれている。特に輸出と外資導入の側面において、重慶とその他直轄市との格差が大きい。地域別では、北京と天津の輸出額が重慶の10倍に相当し、外資の実施額も重慶の6~7倍である。つまり、重慶の外資、輸出依存度が極めて低い。しかし、「百年にかつてない」世界的金融危機の中で、外資、輸出依存度が低い重慶市の経済は逆に発展のチャンスにめぐまれ、経済格差が経済発展の原動力となっている。 表6 2006年地域別三大需給状況の比較 地域名 | 固定資産投資 (億元) | 社会消費品小売総額(億元) | 輸 出 (億ドル) | 外資実施額 (億ドル) | 北京 | 3,296.4 | 3,275.2 | 379.5 | 45.5 | 上海 | 3,900.0 | 3,360.4 | 1,135.9 | 71.1 | 天津 | 1,820.5 | 1,356.8 | 334.9 | 41.3 | 江蘇 | 10,069.2 | 6,623.2 | 1,604.1 | 174.3 | 広東 | 7,973.4 | 9,118.1 | 3,019.5 | 145.1 | 重慶 | 2,407.4 | 1,403.6 | 33.5 | 7.0 | 四川 | 4,412.9 | 3,421.6 | 66.2 | 14.7 |
出所:戚本超主編『中国区域経済発展報告2007~2008』12~13頁により作成。 まず、重慶をみれば、大きな都市部と大きな農村部で構成されているといいうところに最大の特徴がみられる。07年に重慶市の常住人口が2,816万人に達しており、もし、周辺地域からの出稼ぎ労働者(農民工)を加えれば、重慶市の人口が3,200-3,400万人に達している。4大直轄市の中で、重慶市の人口が最も多いだけでなく、世界的にみても、市単位の人口が世界一になっているかもしれない。しかも、北海道と同じ広大な土地面積をもっている。3,400万人のうち、農村人口は60%以上を占めている。改革、開放政策を実施した78年から、農村の大量の余剰労働力が市街区に出てきて、労働者となり、重慶の建築業、サービス業の発展を支えている。他方、山の上に建てられた都市なので、急な坂が多い。その他の都会での自転車による出勤ラッシュが重慶に見られない。荷物の運搬は車、オートバイのほかに「棒棒軍」といわれる棒担ぎ人夫に頼っている。「棒棒軍」のほとんどは農民工である。 膨大な人口や広大な農村は重慶にとって大きな圧力である。直轄市となってから、重慶は農村経済を重点的に発展させるために、産業構造を調整し、農民工を大量に雇用するサービス業を優先的に発展させ、大きな成果をあげた。2008年に農村住居者の純収入が1人あたり4,050元で、2006年(2,874元)の1.4倍に相当する。農民収入の増加が前述の個人消費と固定資産投入の増加につながっている。重慶市がもつ豊富な労働力資源も重慶の経済発展に大きく寄与している。 他方、1997年の直轄市昇格に際し、重慶市は「四件大事」つまり、①三峡ダム建設による百余万人の住民移転、②貧困層の貧困脱却、③国有企業改革、④環境汚染の改善の4つの課題を中央から与えられたが、それぞれ着実な進展がみられる。 - 経済成長を促す政府の役割
重慶市政府の積極的な内需拡大政策と産業振興対策も経済成長を促している。2007年に胡錦濤総書記は重慶市に対し、①西部地域の重要な成長の極、②長江上流地域の経済センター、③都市と農村が統一発展した直轄市としての発展方向(以下では「三一四総体部署」と略する)を示し、直轄市10周年の重慶市は新たなスタートラインに立った。 同年11月に、04年から中国商務部長を務めてきた薄煕来氏は重慶党書記として着任した。薄書記は着任後、以下のように5大政策を打ち出したち。中でも特に外資導入と都市建設(緑化)に力を入れており、大連モデルを重慶に適用しようとする意図がある。 -
- 開放の拡大(外資導入)
前述のようにその他直轄市と比べて重慶はまだ対外開放の水準が低く、外資の利用が比較的少ない。重慶は内陸部に位置するが、中部地域と西部地域の結合部に位置するだけでなく、長江の物流も利用できるなど地理的な優位性があるため、更なる開放によって重慶経済は更なる高みへと目指すことが可能となる。2008年の外資実施額が27億ドルで2007年の2.5倍に急増しており、政策的効果が最も現われている。 -
- 都市と農村の統一発展
調和のとれた経済発展を目指すのが胡総書記の政策である。そのため、中国は2007年から「三農(農村、農業、農民)問題」の解決に力を入れ、重慶市は全国における都市農村改革の試験区に指定された。現在、重慶市は本試験区に関するマスタープランの作成が完了した。世界的な金融危機による影響を産業別にみると、09年の第一四半期に、第一産業の増加率が対前年比3.5%増加し、直轄市設立以降の平均増加率より0.2ポイント高い。これとは逆に第二次、三次産業の増加率はそれぞれ8.4%と10.4%増にとどまり、直轄市設立以降の平均増加値を下回り、0.2ポイントも低い。つまり、重慶市の第一産業はあまり世界的な金融危機の影響を受けていない。都市・農村の統一発展の政策の影響が現れている。第三次産業を発展させるために、市政府は「十七条新政」を公布すると同時に、不動産企業は値下げと販売促進策を次々に打ち出した。その結果、重慶の不動産企業の売上高が09年第一四半期に44.97億元に達し、前年同期比6.7%増加した。 -
- 山峡ダム移民
重慶は山峡ダム移民総数の85%を占め、移民事業の成否は重慶にかかっている。2008年に移民の転居作業自体はほぼ完成したが、今後、移民の生活をいかに安定させるかが重要である。 -
- 都市建設(緑化)
薄書記は着任してから、都市建設に力を入れた。重慶中心部の古い建物を取り壊し、その半分の面積を緑化させる大規模な公共工事を行ってきた。2008年だけでも、取り壊された市街地域の危険、古い建物が240万平方メートル、古い工場建屋が77万平方メートルに達し、新たに建設された、一般市民を対象とする廉価住宅は34万平方メートル、経済住宅は200万平方メートルに達した(『重慶市2009年発展白書』)。金融危機の対策として、単に景観美化のためだけではなく、雇用創出、内需拡大、不動産活性化の狙いもある。 -
- 民生
重慶は大都市、大農村が併存する「中国の縮図」であり、急速に経済が発展する一方、数多くの貧困層も存在している。三峡ダム移民、低所得層などの生活問題を解決することで、改革・開放の成果を市民全体が享受できるようにする。 - 改善をみせる重慶の投資環境と優位性
- 五大優位性をもつ重慶
以上の分析で分かるように、いわゆる「重慶モデル」は対外依存度が低いモデルであり、世界的金融危機の下では、対外依存度が低ければ、それだけ対外依存度が高い沿海地域より受けたマイナスの影響が低くなる。但し、「重慶モデル」は決して中国計画経済下の外資を必要としないモデルではない。その逆に後で説明するように、重慶はむしろ投資環境の整備に力を入れ、日本からの投資を含めて外資を積極的に誘致している。重慶の投資環境はどうなっているのか、他の地域と比べてその優位性がどこにあるのか、以下では、この問題について考えたい。重慶市投資環境の優位性を以下の5点に要約することできる。 - 地理的な優位性
重慶は長江流域の上流に位置し、湖北、湖南などの中部地域と四川、貴州、陝西などの西部地域を結びつけ、西部大開発の重点開放地域と位置付けられ、長江上流地域の経済センターとして地理的な優位性を十分に発揮することができる。 - 整備されたインフラ施設
水運 重慶は長江上流と西南地域における水、陸、空立体交通の中心地である。長江を中心とした数十か所の港と旅客、貨物輸送埠頭、港があり、重慶から上海経由で海外に至る長江と海の連絡輸送業務が展開され、1千トン級の汽船が年中航行できる。水上輸送ルートの総延長は4,000km以上に達している。三峡ダム工事完成後、万トン級の船舶が重慶に直行することができるようになる。 鉄道と高速道路 重要な幹線鉄道3本〔成渝(成都⇔重慶)鉄道、湖渝(長沙⇔重慶)鉄道、川黔(成都⇔貴州)鉄道〕と5本の支線が縦横に走り、総延長は537km。道路は5本の幹線国道と17本の省間道路が四方に通じ、自動車道路総延長は2万7,200km。西部地域の高速道路幹線のほとんどが重慶を経由し、西部地域高速道路の集結地となっている。 空港 都市部に国家1級レベルの空港があり、70便以上の国際線、国内線が開通されているほかに、万州五橋空港と黔江舟白空港の建設が進められている。現在、日本の名古屋との間に航空定期便が運航されている。 - 補完能力に優れた工業部門
前述のように重慶は中国の六大工業基地として10万社あまりの製造企業が活動をしている。2009年に国務院は『重慶市の都市農村統一改革発展の推進に関する若干の意見』(以下では「国務院3号文件」と略する)を公布し、2007年に胡総書記が示した「三一四総体部署」を詳細に具体化した。「国務院3号文件」は重慶市が今後一層発展させる五大産業として以下を示した。 -
- 自動車、オートバイ産業
自動車、オートバイ産業は重慶最大の産業である。また、全国有数の自動車生産基地であり、とりわけ小型自動車の生産量が多い。 -
- 装備製造業
装備製造業は中国独自の広範囲な産業概念である。具体的には、機械工業及び電子工業の一部、汎用、専用設備製造業、航空・宇宙関連製造業、鉄道運輸設備製造業、交通機材、交通運輸設備製造業、電気機械、機材製造業、通信設備、コンピュータ、電子設備製造業、計器及び事務用品製造業などを指す。「三線建設」及びその後の産業振興政策の実施によって重慶は西部地域で最大の工業基地となり、工業経済に占める装備製造業の割合は大きい。 -
- 化学工業
重慶市で豊富に産出される天然ガスを背景とした化学工業が発展しつつあり、大塚化学、BP、独のバスフなど世界各国の関連企業がすでに進出している。 -
- 素材産業
鉄鋼、合金、ガラス繊維、半導体材料などの生産と開発は、他の主要な産業発展の基礎ともなるため、重慶市が特に力を入れている分野であり、その研究開発レベルと技術力の向上は今後の産業開発にとって重要である。 -
- 電子情報産業
重慶が近年最も力を入れている産業の一つで、ハイテク産業基地建設を通じて、IT産業を中心とした関連産業が発展しつつある。同分野で、富士通、NTTデータ、ヒューレット・パッカードなどがすでに進出している。 - 豊富な研究開発人材と安い労働力
重慶では、各種教育機関が揃った教育体系が形成されている。全市には各級各種学校が1万7,000余校あり、在学生は400万人以上に上がる。うち、各種大学は57校、在学者数が60万人、各種技術専門学校が356校、在学者数が45万人に達している。これらの大学、専門学校は年間30万人もの人材を社会に送り出している。 写真 大学での講演 また、重慶は西南地域で最強の科学技術開発力をもつ都市のひとつであり、声光、センサー、自動計器メータの研究開発の面で国内トップレベルにある。全市には各種科学研究、技術開発機構が100か所以上あり、そのうち、17か所は国家級、市級の重点実験室、市属以上の独立研究開発機構が78か所ある。各種専門技術員が56万人に達している。 小学校進学率は99.74%に達し、15歳までの初等教育終了率が99%、中学校進学率は92.51%、卒業率は96.21%、17歳までの初級中等教育終了率が80.76%に達している。成人教育の発展も著しく、「2つの基本(9年制義務教育の普及と青壮年脱文盲)」人口は2,242万4,900人に達し、普及率は74.18%で全国の予期平均値(72%)を上回った。非文盲率は98.5%に達した。このことは外資系企業に豊富な労働力を供給することを保証している。 重慶市は工業都市でありながら、農業都市でもある。労働力の供給が豊富だけでなく、東部沿海地域より、労働コストはずっと安いという優位性をもっている。08年に重慶市の従業員年平均賃金は23,098元で、広州(40,187元)、上海(34,707元)、北京(39,867元)の6割弱である。因みに07年に重慶市の最低賃金は500元、深セン市の1,000元、上海市の960元の半分程度にすぎない。また重慶の工業用地価格は、北京、上海の3分の1程度である。 - 巨大な市場潜在力
重慶の人口が3,020万人以上にのぼり、市場の潜在力が大きい。人々の生活水準が「温飽(衣食住に困らない生活レベル)」から「小康(まずまずの生活レベル)」に移行する過程におかれ、経済発展の可能性が高まっている。三峡ダム建設による百余万人の住民移転、大規模なインフラ建設、環境保護と汚染処理、古い工業基地の産業構造の高度化など多くのプロジェクトが計画され、巨大な投資需要がもたらされている。 写真 重慶のデパート - 外資企業の進出と日系企業
- 増加する外資系企業
重慶市には英国、カナダ、日本、デンマーク、カンボジアが領事館を設置しており、2007年末現在、認可された外資系企業が4,419社である。2008年の外資実施額が27億ドル、まだ少ないが、不動産、流通、金融などへの投資が急増している。 写真 総領事との写真 これまでにフォード、ペプシ、BP、エリクソン、ABB、ダノン、スズキ、ヤマハ、ホンダなど44社 の「フォーチェン500」企業が投資している。また、BMWによる650CC二輪エンジンOEM委託生産(ローカル二輪車メーカー「隆興」による生産)など新しい取り組みもみられる。 重慶市は、中国政府が設置した「加工貿易傾斜移転重点受入地」の一つ(沿岸部から内陸部への産業促進計画、31ヵ所が指定されている)である。主にコスト上昇に悩まされている韓国系、台湾系、香港系及び中国系労働集約型輸出企業の移転が見込まれている。最近、山東省で活動している韓国系企業からの投資視察団が数回訪ねたという。 近年では、台湾企業による8インチICチップのパッケージング工場の設立、HPによるグローバルテクニカルセンター(ソフトラスティング、モニタリング)の設立、米国Honeywell社によるR&Dセンター(産業用計測機器システム開発)の設立など電子、ICT分野の進出が目立つ。特に2008年6月12日に投資サインが行われたHPのグローバルテクニカルセンター、インドバンガロールは国内の武漢、西安、成都から誘致競争を勝ち取り、今後5年間で5,000名のソフト要員を採用する大規模な計画となっている。 - 日本からの投資誘致
- 重慶市が日本側に提示した重点協力分野は以下の4分野である。
- 装備製造業:モノレール・地下鉄建設、機械設備、機械加工、自動車エンジン等
- 省エネ・環境保護:省エネ環境保護人材育成、炭層ガス利用、環境保護設備の生産
- IT産業:IC、チップの加工製造、ソフトウェアのアウトソーシング
- その他:独自の技術を持つ日本の中小企業
- 市政府各部門と日本企業との協力分野
現在、市政府各部門は、主に以下のような分野で協力の可能性を探っている。
表7 日本との協力を求める重慶のプロジェクト 担当部門 | プロジェクト内容 | 市発展改革委員会 | 計器製造 | | 汚水、ゴミ処理技術 | | 化学製品、農薬肥料製造 | 市経済委会 | 農業機械製造 | | 樹脂生産 | 市信息産業局 | IT関連技術の研究開発 | | ソフトウェア・アウトソーシング | | ビジネスプロセス・アウトソーシング | 市科学技術委員会 | 訪日研修生の受け入れ、日本人専門家の交流を通じた日本中小企業との技術協力 | | | 市環境保護局 | 省エネ・環境保護人材の育成 | | 環境保護に特化した技術協力 |
出所:在重慶日本国総領事館資料より引用。 - 日本企業と重慶市との協力の動向
- 関西経済連合会との環境協力
2008年10月、松下正幸パナソニック副会長が率いる関経連代表団が重慶を訪問し、環境保護局との間で協力事業に関し協議したほかに、王鴻挙市長とも会見を行った。今後、重慶市国際貿易促進委員会を窓口として、日本が先進的な技術を持つ環境関連分野で重慶との協力を推進していくことで一致した。 - 伊藤忠商事と重慶市の協力枠組み合意
2009年1月21日に、伊藤忠商事社長が重慶を訪問し、重慶市政府と、①金融、保険、不動産、②物流、③省エネ、環境保護、④生活消費、⑤資源開発、⑥インフラ建設の6大分野で総合的な協力を行うことで合意した。同社は、すでに重慶の保険業界、不動産業界に進出することが決まっており、今後その他分野において協力を拡大する予定である。 - NECによるオートバイの環境技術
2008年9月に、NECと重慶市がオートバイの燃料噴射制御システムに関する共同研究を行うことで合意し、重慶のオートバイ産業にとっての最大のボトルネックの一つが解決されることになった。従来、地元のオートバイ企業は、技術的な制約により、「ユーロ3」の基準に達するオートバイを製造できなかったため、海外への輸出に影響していた。NECの燃料噴射制御技術を導入することで、燃料消費率が向上し、結果として汚染物質の排出を削減することができる。 - 日本企業が関わるCDMプロジェクト
2008年7月の北海道洞爺湖サミットでは、気候変動問題が重要なテーマであったため、サミットの開催に伴い、排出されるCO₂を相殺する事業を事後に行うこととなっていた。今般、日本企業である(株)PEARが重慶で実施するCO₂削減事業を助成し、CDMを通じて、CO₂を相殺することが決定した。総費用は約3,600万円で、うち日本政府が2,000万円を助成する。今年3月中に着工式が行われる。 重慶の開県においてバイオガス・マイクロダイジェスター(家畜の糞尿と人糞を発酵させてメタンガスを発生させる装置)を農家に導入し、メタンガスを炊飯、暖房、室内灯に利用することによってCO₂を削減する。 - 日本と重慶との経済交流を促す日中経済発展センター
これまでにNPO法人・日中経済発展センターは重慶市のために日本における経済技術開発区の投資説明会の開催、各種代表団の受け入れなどを通じて日本と重慶との経済交流を促してきた。 今後は、NPO法人・日中経済発展センターは重慶市政府、重慶市外商投資促進中心及び在重慶日本国総領事館などの協力の下で、日本と重慶との経済交流に協力していく決意である。重慶市との経済交流に関心のある企業は同センター事務局(東京都新宿区高田馬場4-22-46-105、Tel:03-5338-8614、Fax:03-5338-8613)に直接お問い合わせください。 |